私が初めて教会に行ったのは、高校3年生の時でした。大学受験を控え、何のために生きているのかを悩みました。
家族や、友人にキリスト者がいないのに、なぜキリスト教会に行こうと思ったのかはわかりません。しかし何度も教会のドアの取手を触っては、入ることが出来ず家に帰りました。
初めての宗教の世界・・・、ドアの向こうに祝福があるのか、変な世界に引き込まれてしまうのではないかと、恐ろしかったからです。
ある時、教会に映画伝道会のポスターが貼ってありました。「米子 生きるとは」という映画でした。高校生の米子さんが、母親の死をきっかけに、生きる目的を失い、電車に飛び込んだという自殺未遂の少女の実話です。
私は、その上映会に勇気を出して出席しました。その映画が実話だったことから、礼拝に出席するようになり、キリスト者になりました。
大学卒業後、自分が教会になかなか入れなかった体験から、「クリスチャンではない方との橋渡し」をする召しをいただき、キリスト教メディアの働きに就きました。映画「塩狩峠」などの全国教会巡回上映に始まり、レーナ・マリアコンサート、「J-ばいぶる」によるコンピューター伝道、マイティーシープショーによる子供伝道、「きみは愛されるために生まれた」のCD制作等、約40年間、その召しに従って主のために働いてきました。
橋渡しミニストリーの一つとして、映画「パッション」以来、一般の映画会社と提携して福音を伝える道が開かれました。これまでに30タイトルは協力させていただいております。
アメリカやヨーロッパでは、キリスト教の映画は、年に1本以上製作されています。ある映画は、内容が良いことでキリスト教色があっても配給会社が購入してくれる場合もあります。 しかし、日本では費用対効果が少ないので、公開されない作品も多いのです。その場合、キリスト教会の動員協力を条件に、日本の劇場で公開してくれるように交渉します。
だいたい、1つの映画に約3万人の方々が観に行ってくだされば、配給会社は黒字になりますので、次の映画の提案にも応じてくれます。3万人という数字は、キリスト教会が行うクルセード並みの動員人数です。勿論、皆様の協力なしに、簡単に達成できる数字ではありません。
字幕を入れたり吹替版を作ったりする製作費用、ポスター・チラシ・チケットなどの宣伝費は配給会社持ち、劇場の上映費も配給会社と劇場持ち。ですからキリスト教会は、経済的リスクを負わずして、ミニストリーが出来るわけです。
しかも、1~2週間公開して、1日に何回か上映してくれますので、未信の家族や友人を連れて行くチャンスが増えます。
またキリスト教映画には、「沈黙」や「名もなき生涯」のような歴史物、「祈りのちから」や「赦しのちから」のようにストレートなキリスト教映画、「復活」「パウロ-愛と赦しの物語」のような聖書物など、多彩なコンテンツがありますので、映画によって違った友人を誘うことが出来ます。
さらに、映画によっては、伝道用に前売券を作ってくれる場合もありますし、ネットで検索して、自分からキリスト教映画を観に行ってくれる未信の方もおられます。
2019年の映画人口(国内の映画館の総観客動員数)は、1.95億人です。ライブコンサートは、5000万人弱(2018年度)ですから、映画伝道には大きな魚場があるわけです。「ここに網を打ちなさい」と主の召しを感じています。
現在、コロナ禍で映画業界も試練の中にありますが、主の御心を探りつつ、網をおろし続けたいと思います。
神の賜物と召命とは取り消されることはありません。(ローマ11:29)
*2020年4月号「舟の右側」に掲載された原稿を許可を得て修正しました。
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