津田梅子の父、津田仙について  妹尾 光樹 純福音成田教会 担任牧師


     先の土曜日夜、『津田梅子〜お札になった留学生〜』がテレビ朝日系列で放送されましたが〜番組終了が23時なるので録画して、今朝改めて観ました。主演は広瀬すずちゃん〜梅子の気概を感じるなかなかの好演でした。
  津田梅子は、津田塾大学の創立者であり、また2024年の五千円新紙幣の肖像に決まりましたね。また話題になりそうです。
  ところで〜津田梅子の父は、津田仙といい、下総(千葉)佐倉藩の元幕臣でした。千葉県民としては親しみを持ちます。
      日本の農学者としても第一人者であり〜、後には青山学院大学や筑波大学附属盲学校の創立にも関わった人物でした。
  また、面白いエピソードとしては、日本で初めて通信販売を行った人物としても知られているそうです〜。種苗を郵便で売ったそうです。
     その時代〜同志社の新島襄、東京帝大の中村正直とともに、キリスト教界の三傑といわれていたそうです〜。
     ところで 津田仙〜実はあまり知られていませんが、韓国のキリスト教界に大きく関わった人物でした。

   韓国キリスト教史において、忘れてはならない〜李 樹廷(イ スジョン、이수정、1842年 - 1886年6月)という人物がいます。
   韓国最初のプロテスタント教会の受洗者のひとりとされていて、朝鮮での最初のプロテスタント宣教のきっかけとなった人物で、一番大きな功績は、初の朝鮮語訳聖書を作ったことでした。
  李樹廷が日本に遊学した際〜友人を通じて、既にクリスチャンであった津田仙を紹介されます。
  そこで、李樹延は漢訳聖書を読みキリスト教に興味を持ち、津田仙に誘われて東京新栄橋教会(現 日本基督教団新栄教会)のクリスマス礼拝に参加します。
   そして、熊本バンドの長田時行牧師に聖書を学び、1883年4月9日、露月町教会(現 日本基督教団芝教会)で安川亨牧師よりキリスト教の洗礼を受けます。
 

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1883年5月12日九段坂写真館での弟三回全国基督信徒大親睦会幹部の記念写真。李樹延は最前列右より4人目(ひとり衣装が違う)、その隣5人目が津田仙です。

   李樹延らの受洗がきっかけで東京には朝鮮安息日学校が開設されたり、朝鮮人学校が設立されたり、また聖書研究会が始まり、主日礼拝が捧げられるようになります。そしてそれを土台として1908年には、今もある在日大韓基督教会が設立されたとされています。
     1884年に李樹延は四福音書を朝漢文版で出版します。1885年には朝鮮語のハングル表記の『マルコによる福音書』も出版しました。
     これらは、プロテスタント教会史における朝鮮語訳聖書の最初のものとされています。

津田梅子 お札になった留学生.jpg

   また、李樹延は2名の宣教師をアメリカから日本に呼び寄せ、朝鮮語を教え、この2人のアメリカ人宣教師は韓国の仁川に渡り、李樹廷訳の聖書を用いてプロテスタント伝道を開始しています。李樹延の活動が朝鮮半島のプロテスタント宣教の礎を作ったともいえます。
   1886年(明治19年)6月に李樹延は韓国に帰国しましたが、官憲に逮捕され殉教したと伝えられています。
   こう考えると〜今の韓国がキリスト教大国となったきっかけの一つが、この津田梅子の父である、津田仙に李樹延が会ったことから始まったと言っても過言ではないと言えますね。
   日本のキリスト教会と韓国のキリスト教会は、このような深い結びつきがあります。そして津田梅子とも〜

 

 

​左は、​『津田梅子〜お札になった留学生〜』がテレビ朝日系より

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